感情を整理し、賢く生きる ストア派ジャーナリングの始め方と続け方
ストア派ジャーナリングで「心の平穏」を保つ日々の記録法
日々の生活の中で、感情に流されそうになったり、何かに心を乱されたりすることは少なくありません。特に、人間関係や予期せぬ出来事によって心がざわつく時、どのように自分自身を立て直し、穏やかな状態を保てば良いか、悩まれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ストア派哲学は、こうした心の動揺に対し、外的な出来事ではなく自分自身の「判断」や「内面」に焦点を当てることの重要性を説いています。そして、その自己理解と内省のための強力なツールの一つが、「ジャーナリング」、つまり日々の記録をつける習慣です。
ストア派の哲学者たちは、マルクス・アウレリウスが『自省録』を記したように、自分自身との対話や内省の時間を非常に大切にしました。これは単なる日記とは異なり、日々の出来事やそれに対する自身の反応を、ストア派の視点から吟味し、より良い生き方を目指すための訓練でもあります。
本稿では、ストア派哲学に基づいたジャーナリングの始め方と、忙しい毎日でも無理なく続けるための具体的なヒントをご紹介します。ジャーナリングを通じて、感情の波を穏やかにし、より賢明な判断を下せる自分へと近づく一歩を踏み出しましょう。
ストア派における「内省」の重要性
ストア派は、「私たちがコントロールできるのは、自分自身の判断、衝動、欲望、そして嫌悪のみであり、それ以外の外的な出来事はコントロールできない」と考えます。心が乱されるのは、出来事そのものではなく、その出来事に対する私たち自身の「判断」によるものだというのがストア派の基本的な考え方です。
ジャーナリングは、この「判断」を意識的に観察し、吟味するための訓練となります。
- 感情の源泉を特定する: ある出来事に対して強い感情(怒り、不安、落胆など)が湧いた時、ジャーナリングはその感情が何に起因するのか、具体的にどのような「判断」が感情を引き起こしたのかを探る手助けとなります。
- 誤った判断を修正する: 自分の判断を書き出すことで、それが客観的な事実に基づいているのか、それとも思い込みや不合理な思考パターンによるものなのかを見分けやすくなります。「これは悪いことだ」「あの人は私を軽視しているに違いない」といった判断を検証し、より理性的でストア派的な視点(それはコントロールできないことだ、それは本質的に善でも悪でもない、など)に置き換える練習ができます。
- ストア派の教えを実践に結びつける: ストア派の理論を知っていても、日々の具体的な状況でどのように適用すれば良いか分からないことがあります。ジャーナリングは、過去の出来事をストア派のフィルターを通して振り返ることで、理論と実践を結びつける場となります。「この時、ストア派ならどう考え、どう行動しただろうか?」「四つの美徳(知恵、正義、勇気、節制)のうち、どれが求められる状況だったか?」といった問いを自分に投げかけることができます。
ストア派ジャーナリングの始め方:準備と基本的なステップ
ジャーナリングを始めるのに、特別な準備は必要ありません。大切なのは、形式よりも「行う」ことそのものです。
準備するもの
- ノートとペン: これだけで十分です。気に入ったものを選ぶと、より続けやすくなるかもしれません。デジタルツール(スマートフォンのメモアプリ、PCの文書作成ソフトなど)を使っても構いませんが、手で書く行為には思考を整理しやすいという利点があるとも言われています。
- 静かな時間と場所: 短時間でも良いので、集中できる環境を確保します。
書く時間
決まった時間に書くことをお勧めします。多くのストア派実践者は、一日の始まりと終わりにジャーナリングを取り入れていました。
- 朝: その日一日をどのように過ごしたいか、どのようなことに注意を払うべきか(特に感情や判断について)、そしてストア派の教えをどのように実践するか、といった意図を設定します。
- 例:「今日、他人の言動に心を乱されそうになったら、それは相手ではなく自分の判断によるものだと立ち止まって考えよう」「今日すべきことに集中し、結果への執着を手放そう」
- 夜: その日あった出来事、それに対する自分の感情や行動、そしてストア派の観点からどうだったかを振り返ります。
- 例:「今日、〇〇な出来事があり、△△と感じた。この感情は、具体的にどのような私の判断から生まれたのだろうか?」「コントロールできたこと(自分の行動、反応)と、できなかったこと(他人の行動、状況)を区別できただろうか?」「ストア派の美徳に照らして、今日の私はどうだったか?改善できる点は何か?」「今日感謝できることは何か?」
書く内容の例
厳格なルールはありません。自由に書いて良いのですが、ストア派の視点を取り入れるための具体的な問いかけをいくつかご紹介します。これらを参考に、自分なりのスタイルを見つけてください。
- 今日直面した困難や課題は何だったか?
- それに対して、私はどのように反応したか?
- 私の反応は、感情に流されたものか、それとも理性的な判断に基づいていたか?
- 出来事そのものと、それに対する私の判断を区別できるか?
- 私の「判断」の中で、不合理だったり、ストア派の教えに反しているものはなかったか?
- コントロールできないことについて、悩みすぎていなかったか?
- コントロールできること(自分の考え方、行動)に、十分焦点を当てられたか?
- 今日実践できたストア派の教えは何か?(例:他人の誤りを許容できた、困難に勇敢に立ち向かった、誘惑に打ち勝ったなど)
- 改善すべき点は何か?明日、今日よりも少しでも良くなるために、どのような小さな一歩を踏み出せるか?
- 今日、感謝できることは何か?(人、出来事、自身の学びなど)
ジャーナリングを続けるためのヒント
ジャーナリングは、一度やれば終わりというものではありません。日々の訓練として続けることで、徐々にその効果を実感できるようになります。継続のために、以下の点を意識してみましょう。
- 完璧を目指さない: 毎日書けなくても、あるいは数行しか書けなくても構いません。「書く」という行為そのものに価値があります。義務感に縛られすぎず、気楽に始めましょう。
- 短時間から始める: 最初は5分でも10分でも十分です。忙しい日でも続けられるように、無理のない時間設定をします。慣れてきたら、少しずつ時間を延ばしても良いでしょう。
- ルーティンに組み込む: 朝起きたらすぐに、夜寝る前に、といったように、既存の習慣とセットにしてしまうと忘れにくくなります。
- 特定のテーマに絞る: 最初は漠然と書き始めるのが難しければ、「今日の最も大きな悩みについて」「今日感謝したこと」など、特定のテーマに絞って書いてみるのも良い方法です。
- ポジティブな変化に目を向ける: ジャーナリングを続ける中で、感情への対処が少し上手になったり、以前ほど動揺しなくなったりといった小さな変化に気づくはずです。そうした自身の成長を認め、自信につなげることが継続のモチベーションとなります。
- 目的を思い出す: なぜジャーナリングをするのか、その目的(感情の整理、自己理解、賢明な生き方)を時々思い出すことで、再び取り組む意欲が湧いてきます。
まとめ:日々の積み重ねが、揺るぎない心を作る
ストア派ジャーナリングは、自分自身の内面と向き合うための静かな時間です。日々の出来事や感情を客観的に観察し、ストア派の教えに照らして吟味することで、自身の「判断」の傾向を理解し、より理性的に状況に対応できるようになります。
忙しい毎日の中で、静かにペンを握り、自分自身の思考を書き出す行為は、一見地味に見えるかもしれません。しかし、この小さな積み重ねが、感情の波に飲まれず、どのような状況でも心の平穏を保つための、揺るぎない基盤を築いてくれるはずです。
今日から、ほんの少しの時間でも良いので、ストア派ジャーナリングを試してみてはいかがでしょうか。日々の内省を通じて、あなたの内なる力が目覚めるのを感じるかもしれません。