他人の成功に心乱される時 ストア派哲学が教える平静の保ち方
他人の成功に心がざわつくことはありませんか？
身近な友人や知人、あるいはSNSで目にする人々の成功や幸福な報告に触れたとき、なぜか心がざわついたり、自分と比較して落ち込んだり、羨ましいと感じたりすることはないでしょうか。努力しているはずなのに、報われないように感じたり、自分の現状が色褪せて見えたりすることもあるかもしれません。
このような感情は多くの人が経験することであり、決して特別なことではありません。しかし、そのたびに心が乱され、日々の平穏が損なわれるのだとすれば、どのように対処すれば良いのでしょうか。
ストア派哲学は、このような外的な出来事や他者との比較によって生じる心の動揺に対して、有効な考え方と実践方法を提供してくれます。今回は、他人の成功に心乱されがちな時に、ストア派哲学の知恵をどのように活かし、心の平静を保つかについて掘り下げていきます。
ストア派哲学が教える「外的なもの」と「内的なもの」
ストア派哲学の根本的な教えの一つに、「コントロールできること」と「コントロールできないこと」を区別するという考え方があります。これは「二分法」とも呼ばれます。
- コントロールできること: 自分の考え方、判断、欲望、嫌悪、そして自分の行動そのもの。これらは自分の意志によって変えることができます。
- コントロールできないこと: 他人の意見、評判、財産、健康、天候、そして他人の成功や幸福など。これらは自分の意志ではどうすることもできません。
他人の成功は、まさしく私たちがコントロールできない「外的なもの」に分類されます。私たちは、他人がどれだけ成功するか、どのような幸福を得るかを直接的に操作することは不可能です。にもかかわらず、私たちはしばしばこのコントロールできないことに心を奪われ、それが原因で苦しみを生み出してしまいます。
心の乱れは「外的な出来事」そのものではなく「あなたの判断」から生まれる
他人の成功を見て心がざわつくとき、その原因は「他人が成功した」という事実そのものにあるのではありません。ストア派は、「出来事そのものが私たちを苦しめるのではなく、その出来事に対する私たちの判断が私たちを苦しめるのだ」と教えます。
例えば、友人が昇進したという話を聞いたとします。 「友人が昇進した」という事実は、単なる外的な出来事です。 しかし、それに対して * 「なぜ自分は昇進できないのだろう」 * 「自分は能力がないのかもしれない」 * 「置いていかれてしまった」 * 「彼（彼女）ばかり良い思いをしている」 といった判断を自分自身が下すとき、羨望や劣等感、不公平感といったネガティブな感情が生まれるのです。
つまり、他人の成功に心が乱されるのは、成功した相手でもなく、成功という出来事でもなく、その出来事に対する自分自身の「判断」が原因なのです。
ストア派による実践：心の平静を取り戻すステップ
他人の成功に心がざわついたとき、ストア派の考え方を使って心の平静を取り戻すためには、以下のステップを試みることができます。
ステップ1：感情に気づき、認める
まず、自分が他人の成功を見て「心がざわついている」「羨ましい」「落ち込んでいる」といった感情を抱いていることに気づき、その感情を否定せずにそのまま受け止めます。感情を感じることは自然なことです。重要なのは、その感情に流されず、次のステップに進むことです。
ステップ2：「事実」と「判断」を区別する
心がざわついた原因となった出来事（例：友人の昇進、知人の新しい家など）を特定し、「これは単なる外的な事実である」と認識します。そして、その事実に対して自分がどのような「判断」を下しているのかを観察します。
「友人が昇進した」→（私の判断）「自分はダメだ」 「知人が家を建てた」→（私の判断）「自分は一生持てないだろう」
このように、事実と自分の判断を明確に区別することで、心の乱れが事実そのものから来ているのではないことに気づくことができます。
ステップ3：内的なもの、つまり「自分の判断」に意識を向ける
心の乱れが自分の判断から来ていることを理解したら、次にその判断自体にストア派の問いかけを適用します。
- 「この判断は本当に真実だろうか？」
- 「この判断を持つことは、私にとって役に立つだろうか？」
- 「この判断は、ストア派の美徳（知恵、正義、勇気、節制）と一致しているだろうか？」
たとえば、「自分はダメだ」という判断は、客観的な事実に基づかない感情的な判断であり、ストア派の美徳（特に知恵や勇気）とは一致しません。そして、この判断は自己肯定感を下げ、行動を妨げるだけで、私たちに何の利益ももたらしません。
ステップ4：自分の「内面」と「行動」に集中する
外的な出来事や他人の成功に意識を向けるのではなく、自分がコントロールできる内面、つまり自分の考え方、価値観、そして具体的な行動に意識を集中し直します。
- 自分の目標や価値観を再確認する: 自分にとって本当に大切なものは何か、どのような人生を送りたいのかを考えます。他人の成功は、あなたの価値観とは関係ないかもしれません。
- 自分の努力と成長に焦点を当てる: 他人と比較するのではなく、過去の自分と比較し、自分がこれまでに努力してきたこと、成長した点に目を向けます。
- ストア派の美徳を日々の生活で実践する: 知恵を持って物事を正しく判断し、正義を持って他者や自分に接し、困難に立ち向かう勇気を持ち、欲望や快楽を節制する。これらの美徳の実践こそが、ストア派が考える真の幸福への道です。
ステップ5：感謝の気持ちを育む
自分がすでに持っているもの、経験している良いことに感謝の気持ちを持つことも、心の平静を保つために有効です。感謝の練習は、他者との比較から生まれる「足りない」という感覚を和らげ、「すでに十分にある」という肯定的な視点をもたらしてくれます。
ジャーナリングの活用
これらのステップを実践する上で、ジャーナリングは非常に役立ちます。心がざわついたときに、以下の内容を書き出してみることをお勧めします。
- 何を見て心がざわついたのか（具体的な出来事）
- その出来事に対するあなたの感情（羨ましい、落ち込んだなど）
- その感情の元となっている「あなたの判断」は何か
- その判断は事実か、あるいは単なる解釈か
- この状況で、あなたがコントロールできることは何か（あなたの考え方、行動）
- ストア派の教え（二分法、美徳など）をどのように適用できるか
- 今、自分が感謝できることは何か
自分の感情や思考を文字にすることで、客観的に観察し、ストア派の考え方に沿って整理することができます。
実践を続けるために
ストア派哲学は、一度学んだだけで魔法のように心が強くなるものではありません。日々の生活の中で繰り返し実践することで、少しずつその考え方が身につき、感情に流されにくくなっていきます。
他人の成功を見て心が乱されることは、これからも起こりうるでしょう。大切なのは、そのたびに「これは外的なことである」「これは私の判断である」と思い出し、自分の内面に意識を向け直す練習を続けることです。焦らず、一つ一つの出来事に対して、ストア派の知恵を適用していくことを意識してみてください。
まとめ
他人の成功に心が乱されるとき、それは外的な出来事そのものではなく、それに対する私たち自身の判断から生まれる苦しみです。ストア派哲学は、コントロールできない外的なものに心を奪われるのではなく、自分の内面、特に「自分の判断」と「自分の行動」に意識を集中することを教えてくれます。
他者との比較から生まれる感情に気づき、事実と判断を区別し、自分の内面の充実とストア派の美徳の実践に焦点を当てること。そして、ジャーナリングなどの具体的なツールを活用すること。これらの実践を日々の生活に取り入れることで、他人の成功に振り回されることなく、心の平静を保ちながら、自分自身のより良い生き方を追求していくことができるでしょう。