思い描いた現実と違う ストア派哲学で「期待」と穏やかに向き合う方法
思い描いた現実と違うときに心が乱れることはありませんか
日々の生活の中で、「こうなるはずだったのに」「どうしてうまくいかないのだろう」と感じ、心がざわつくことは少なくないかもしれません。家族の反応や人間関係、あるいは自分自身の計画など、思い描いていた通りに進まない現実に直面すると、失望したり、イライラしたり、不安になったりすることがあります。
こうした心の動きは、私たちが無意識のうちに何かを「期待」しているから生じます。そして、その「期待」が現実と食い違ったときに、苦しみを感じてしまうのです。
ストア派哲学は、このような「期待」と現実のギャップから生じる心の乱れに対して、非常に実践的な知恵を与えてくれます。思い描いた現実と違う状況でも心の平静を保ち、穏やかに過ごすためのストア派的な考え方と実践方法をご紹介いたします。
ストア派が考える「期待」とは
ストア派哲学では、「コントロールできること」と「コントロールできないこと」を区別することの重要性を説きます。私たちが何かを「期待」する時、それは往々にして、自分では完全にコントロールできない外部の出来事や他者の行動に向けられています。
例えば、「家族が私の言うことを理解してくれるはず」「この計画は必ず成功するはず」「周りの人は私を評価してくれるはず」といった期待です。これらは、私たちの思考や行動とは別に、他者の自由意思や外部の状況に左右されるものです。
ストア派の賢人たちは、コントロールできないものに心を依存させると、それは必ず苦しみを生むと考えました。なぜなら、コントロールできないものは、私たちの望み通りにはならない可能性があるからです。期待が大きければ大きいほど、それが裏切られた時の苦しみも大きくなります。
では、私たちは何も期待せずに生きるべきなのでしょうか。そうではありません。ストア派は、期待そのものを否定するのではなく、それがもたらす心の乱れを減らすための考え方を提示します。それは、「期待」を「願い」や「目標」として捉え直し、その結果に過度に執着しないという姿勢です。
期待と穏やかに向き合うためのストア派的実践
思い描いた現実と違う時に心の平静を保つためには、自分の抱く「期待」を認識し、それに対するストア派的な視点を養うことが有効です。以下に、具体的な実践方法をいくつかご紹介します。
1. 期待を「願い」や「目標」として区別する
私たちは「こうなるだろう」という予測を立てるだけでなく、「こうなってほしい」という願いや、「こうなることを目指そう」という目標を持ちます。ストア派は、後者の願いや目標を持つこと自体は否定しません。問題なのは、その結果が私たちのコントロール外にあるにも関わらず、「必ずそうなるはずだ」と強く思い込み、そうならなかった場合に深く失望することです。
実践として、自分が何かを期待していると感じたら、それが単なる予測なのか、それとも叶ってほしい願いや目指すべき目標なのかを明確にしてみましょう。そして、それが願いや目標であるならば、「そのために自分ができることは何か」に焦点を当てます。結果は外部の要因に左右されることを認め、「自分ができることを精一杯やったなら、結果はどうあれ受け入れよう」という心構えを持つことが重要です。
2. 結果への執着を手放す「ディタチメント」の考え方
ストア派的な心の平静は、特定の外部の結果に依存しないことから生まれます。これは「ディタチメント(Detachment)」と呼ばれることもあります。何かを目指すこと、努力することは大切ですが、その「結果」そのものに心の状態を強く結びつけすぎないようにします。
例えば、家族とのより良い関係を「期待」するのではなく、「家族と誠実に向き合う」という自分の行動を目標とします。相手の反応はコントロールできませんが、自分がどのように接するかはコントロールできます。結果としての関係性の変化は「好ましい付随物」として捉え、それに心を囚われすぎないようにします。
3. 予期せぬ展開への心の準備をする
ストア派の賢人セネカは、困難な出来事や予期せぬ不運に備えて、事前にそれを想定しておくこと(Premeditatio Malorum)を勧めました。これは、単に悲観的になるのではなく、あらゆる可能性を受け入れる心の準備をするためのエクササイズです。
思い描いた現実と違う可能性を事前に少し考えておくことで、実際にそれが起きた時の精神的な衝撃を和らげることができます。「もしかしたら、相手は期待通りの反応をしないかもしれない」「計画通りに進まない部分もあるかもしれない」といった可能性を受け入れておくのです。これにより、いざという時も「想定内だ」と冷静に対応しやすくなります。
4. ジャーナリングで「期待」を分析する
自分の抱いている「期待」を客観的に見つめ直すために、ジャーナリング(書く習慣)は非常に有効です。
ノートやジャーナルに、自分が最近「こうなってほしい」「こうあるべきだ」と強く思っていること、そしてそれが叶わなかった時にどのような感情になったかを書き出してみましょう。
- 「どのような期待を抱いていたか?」
- 「その期待は、自分自身でコントロールできることに関わるものか、そうでないか?」
- 「その期待が現実的かどうか?」
- 「期待通りにならなかった時、どのような感情が生まれたか?」
- 「その感情に対して、ストア派的な視点からどのように考えられるか?」
このように書き出すことで、無自覚な期待に気づき、それが現実と食い違った時の自分の反応パターンを理解することができます。そして、ストア派の「コントロールできる・できない」の原則を当てはめ、期待を手放す練習や、コントロールできる自分の行動に焦点を当てる練習を意識的に行うことができます。
穏やかな心で現実と向き合う
ストア派哲学は、私たちに「現実をありのままに受け入れること」の重要性を教えてくれます。思い描いた現実と違う状況に直面した時、それに抵抗したり、なぜ思い通りにならないのかと苦しんだりする代わりに、「これが今の現実なのだ」と静かに受け入れることから始めます。
そして、その現実の中で自分にできる最善の行動は何かを考え、実行します。結果に対する過度な期待を手放し、自分自身の内なる状態(思考や判断、意欲など)をコントロールすることに集中するのです。
期待を手放すことは、諦めることではありません。それは、コントロールできない未来に心を乱されるのではなく、コントロールできる「今ここでの自分の行動」に力を注ぎ、穏やかな心で現実と向き合うための賢明な選択です。
日々の小さな期待から、人生における大きな期待まで、ストア派の考え方を少しずつ取り入れてみてください。思い描いた現実と違う時でも、心の平静を保ち、より穏やかに日々を過ごすことができるようになるでしょう。